『 奇人倶楽部 ― (1) ― 』
****** はじめに ******
このお話は 石ノ森章太郎先生の御作 『 奇人クラブ 』 の一部を
下敷きにさせて頂いております。 <m(__)m>
「 やっぱり ちょっと・・・ ヘンだったわよ 」
「 そう ・・・ かなあ 」
「 そうよ。 」
フランソワーズは うんうん…と 大きく頷いた。
その側で ジョーはなんとなく浮かない顔をしている。
「 だってね そもそもジョーが買い物に、それもヨコハアのショッピング街にゆく
なんて〜 そこから ― ヘンだわ。 」
「 え そんな〜 それはちょっとヒドイよう〜 」
「 うふ ・・・ ごめんなさ〜い でもね 本当のことよ? 」
「 そ・・・んなこともある かもな〜 あ でも普通の買い物はちゃんと
行ってるよ〜 食糧の買い出しだってさ〜 」
「 それはウチの近所の商店街や 駅近くの大型スーパーでしょ 」
「 う ・・・ん それは まあ そうなんだけど 」
ジョーは ちろり、と上目使いをした。
そんな彼に 彼女はくすくすと笑い続けるのだった。
「 う〜〜 そんなに笑うなよ〜〜 」
「 ごめんなさ〜〜い でも なんか ・・・ うふふ・・・ 」
「 わか〜〜ったってば〜〜 」
「 うふふ〜〜〜 でもね、これ、大好き♪ < めっちゃいい > わ♪ 」
彼女は 襟元からぽっちり覗くチョーカーをそっと押さえた。
「 そ そうなんだ?? 気に入ってくれてぼくもウレシイな 」
「 やっぱりコレは ― わたし達の元に来る運命だったのよ。
運命、というか 引き寄せられてきたって ・・・ 」
「 ・・・ そう かもな〜〜 う〜〜ん 」
「 もう一度、行ってみたかったな・・・ あのお店。
またあの不思議なアクセサリーとか見たいの。 」
「 もうないよ きっと。 存在してても ぼくらには見つからないように
しちゃってるかもしれない 」
「 ― 仲間 なのにね。 わたし達だって ・・・ 」
「 ウン ・・・ ぼくらも < マン > じゃない ・・・ 」
「 そう ね。 わたし達 < マン > の斜向かいくらいの処で生きてゆくのよ 」
「 ・・・ うん ・・・ 」
二人は いつか湿った重い視線を絡ませるのだった。
**** マン ( 人間 ) と スペクター ( 魔物 ) のこと ****
太古の昔 ・・・ 地球には二つの種族、マン と スペクター が棲み 覇権をめぐり
長く激しい闘いを続けていた。 長い時を経てようやく円満休戦となり闘いは終わった。
地球の三分の一を削り 月 をつくり、そこにスペクター達は移り棲んだ。
今では マン も スペクター も お互いの存在など忘れ果て それぞれの地で
生きている という。 石ノ森章太郎 『 奇人クラブ 』 より
・・・ コトの起こりは < ホワイト・デー > だった。
「 う〜〜〜 ・・・ どうしよう〜〜〜 」
ジョーは そろそろお日様が西に傾き始める頃 港街の有名なショッピング・ストリートを
うろうろ・・・行きつ戻りつしていた。
「 ― 決めなくちゃ。 どうしても。 けど〜〜〜 」
彼はお昼すぎに近くの駅に降りたってからず〜〜っと 同じことを呟いているのだ。
「 やっぱ明日に ・・・ いや! どうしたって今日 決めるんだ! 」
自分自身に必死で言い聞かせ ― でも一向に彼の足取りは定まらない。
― そう ・・・ 三月十四日 なのだ。 俗にいう ほわいと・で〜 ・・・ !
「 お礼するんだ。 心をこめて。 フラン ・・・ ぼく 本当に感激したんだもの 」
一月前のバレンタインにもらった 手作りのチョコは 頭が真っ白になるほど嬉しかった !
ぼくだけのためのプレゼント … ! 生まれて初めてだったんだ〜〜〜
その感激の日の御礼を・・・と 彼は港街の有名なショッピング・ストリートに出かけた。
大いに意気込んでやってきたの だが。
表通りに綺羅を競う華やかな店は 女性が多く − もちろん男性もちらほら混じっていたが
ジョーは どうしても照れ臭く気後れがしてしまい 入れない。
でも なにか贈りたい! と 焦るばかりで時間だけが過ぎてゆく。
そろそろ陽の光が朱色になってきた頃。 ふっと小さなプレートが目に入った。
奇人倶楽部 プレゼントにどうぞ
「 へ ・・・え? 変わった名前だなあ こっち か? 」
側に着いていたひしゃげた矢印を追ってみた。
それは ― 路地の奥 一見 普通の住宅か と思える店だった。
へえ ・・・?
ジョーは どうしてその店に足を踏み入れたのか 自分自身でもよくわからない。
なんで かな …
小さな灯りがさ 呼んでいるみたいに感じたんだもの
彼は自分に言い訳めいたことをぶつぶつ・・・と呟いていた。
路地の奥のその店は ―
民家にしては凝った引き戸、そこにアイアンレースの文字が浮かび上がる。
奇人倶楽部
引き戸の色硝子の間からは チカリ と貴金属の光が見えた。
「
あ アクセサリー ショップ なんだ? ちょっと覗いてみよう ・・・ 」
彼は 引き戸の取っ手に指を掛けた。
からり。 ― からからから・・・
軽快な音がして戸が開いた。
「 ・・・ あ あの ・・・? 」
こそ・・・っと ジョーは店内を見回した。
飴色の灯がぽうっと燈っていて 視界の隅には薄い闇が淀んでいる。
「 ・・・ 誰も いない・・・のかな? あ〜〜 の? 」
「 ― いらっしゃいませ 」
ふわり。 白いモノがゆらゆら漂ってきた。
「 !? あ 」
ジョーは一瞬 本能的に<防御>の体勢を取ろうとし ― ぎりぎりで解除した。
あ ・・・ あ〜〜 オバケ じゃないよな〜〜
「 あのぅ ・・・ここ ・・・ アクセサリー ショップ ですよね? 」
「 はい ようこそ 奇人倶楽部 へ・・・ 」
白いモノ、 いや 白っぽい服の女性がにこやかに挨拶をした。
「 あの ・・・ 入ってもいい ですか? 」
「 どうぞ どうぞ・・ ご覧になるだけでかまいませんのよ 」
「 い いえ あの ・・・ あ ありがとうございます。 」
ジョーはちょびっとほっとして 一歩店の中に踏み込んだ。
「 ― プレゼント ですか ・・・? 」
「 え ・・・ あ ・・・ は はい! うわあ ・・・ すご・・・ 」
「 どうぞ ごゆっくりご覧くださいな 」
店員と思しき彼女が動くと 白い靄がうごく。
「 ・・・? 」
「 なにか? 」
「 あ あなたの周りに なにか浮いて る ・・・? 」
「 え? ああ これ ― ごく薄い紗、布地です。 」
「 あ ああ そっか ・・・ キレイですね。 」
「 ありがとうございます。 どうぞご自由にご覧くださいな ・・・
私は奥におりますから 」
ー ふわり。 白い靄を纏い彼女はショー・ケースの奥に消えた。
その足元を灰色の影が転がっていった。
? あ あれ ・・?
なんか・・・丸いモノが追い掛けていった ・・・?
気のせい、だよ。 埃かなんかさ、綿ぼこりとかさ
うん。 自分自身を納得させてから 首を回し彼はそっと光るケースに近づいた。
ケース、といってもフタは開けてある。
店全体の照明は暗いのだが隅から細いスポット・ライトを操作しているのだろう。
内部の方が明るくなっている。
ケースの中には ― なんとも不思議な光景が見えた。
そこにはごく普通に輝石の ペンダント・トップ やら 指輪、ブレスレットなどが
並べられている。 どのデザインも少々アンテイークっぽい風情だがホンモノではない。
素人目にもフェイク、と見てとれる。 それが ・・・
「 あ これキレイだな〜 フランの瞳の色と同じだし 」
彼は 緑がかったペンダント・トップに目を止めた。
「 ・・・ 似合う よな〜〜 これ。 なんていう石なのかな 」
指先でそっとその緑の輝石に触れてみたら ―
「 う ・・わ ・・・ ? なんか飛んできた?? 」
ジョーの目の前に ごく小さな蝶がぱあ〜〜っと飛び立った。
「 え? え・・・ あれれ ・・・ いない? 」
あわてて追いかけたが 蝶たちはすでに消えていた。
「 錯覚なのかな? いや 確かに・・・ あ? え 燃えてる?? 」
隣には大きな水色の透明な石をつけた指輪がある。
その輝石から ゆらゆら・・・ 炎があがっているのだ。
「 わ? あ〜〜 あの〜 指輪 ・・・ 燃えてるんですけど? 」
先ほどの彼女が消えた奥に声をかけ慌てて炎を消そうと手をだした。
「 ― ぇ?? 」
サイボーグゆえ火傷をする心配はないが 当然熱を感じるだろうと予想していたのだが ・・
「 ・・・ つ つめたい?? 」
その炎は 熱どころかひんやり・・・冷気をジョーの指に当てた。
「 な なんだ??? これ ・・・ 」
ジョーは顔を近づけしげしげとその指輪を見つめる。
003ほどではないが 009の目 も かなり仔細に目的物を監査できる。
彼はじっくり観察した。
「 ・・・ おかしいな・・・ ごく普通の宝石だ?
この店は ― 魔法使いの家 か ・・・? 」
「 いえいえ 手品 に近いですよ 」
突然 後ろから笑いを含んだ声がした。
「 え?? あ ああ ・・・ さっきの白いヒト・・・ あ 失礼。
あの〜〜 アナタは魔法使い じゃないのですか? 」
「 うふふ・・・ 手品ですってば 」
「 手品?? え じゃ タネあり? 」
「
当然ですわ もっともここでお教えはできませんけど
」
白い紗のストールを纏ったヒトは に・・・っと笑った。
「 あ ああ そうですねえ ・・・ どれもこれもキレイで迷ってます。 」
「 まあ 嬉しいです。 ここにないモノでもご注文くだされば 」
「 たとえば? 」
「 そう ・・・ 今 人気なのは鏡ですね。 」
「 鏡? こう〜〜 小さいヤツですか 」
「 はい。 手鏡ですね。 ほら 」
女性は掌に乗るほどの鏡を差し出した。
「 これに、ですね、 写真を持って来ていただければ その方の面影が
映るようにいたしますよ? 」
「 すご・・・ あ〜〜じゃあ今度 写真、もってきます。
それと ・・・ あの緑の石の・・・ 蝶々が飛ぶ石、ください。 」
「 はい。 プレゼント用にお包みしますね。 」
「 ありがとうございます! ああ よかった・・・ 」
「 ふふふ ・・・ 恋人さんに、ですか。 」
「 え! ぼ ぼく達はそんな ・・・ い いえ! そ そうです。
この石・・・ 彼女の瞳の色と似てるんで ・・・ 」
「 まあ よかったこと。 ― はい どうぞ。 」
「 あ ありがとうございます。 」
ジョーは支払いをし、小さな袋を受け取った。
その黒い袋には 細い金文字が浮かびあがる ― 奇人倶楽部 と。
外に出ると 黄昏時も終わりの頃・・・
「 なんか 面白い店だったな 」
路地の出口でちらっと振りかえると
逢魔が時の夕闇に店の灯がぽう〜・・と浮かんでいた。
ことん。 袋の中で金色の包みがゆれた。
「 へへ ・・・ よかった〜〜〜 フラン 喜んでくれるかな〜〜〜
まあ キレイっていってくれるかな〜〜 」
ジョーは手にした小さな袋をそうっと抱きかかえた。
「 そうだ! これ、つけてもらって写真、撮らせてもらって。
そんでもって それをあの鏡にしてもらおう! ― ぼくの宝モノにするだ。 」
大通りにでると イルミネーションが点灯しすっかり夜の賑わいが始まっていた。
「 あ・・・ キレイだな〜〜 フランと一緒に歩きたいな ・・・
うん 誘ってみよう! ・・・ なんかさ〜〜 この石が勇気くれた気分 」
ふんふんふ〜〜〜ん♪ ハナウタ混じりに雑踏の中をゆく。
「 ・・・ あ 花屋さんだ。 わあ〜〜〜 もう春いっぱいだあ〜 」
角には 花屋が色とりどりの鉢植えやら切り花を並べていた。
夜の光の中で、そこだけ一足はやい春になっている。
「 ! 花! フラン、好きだよな〜〜 うん、花束も買ってゆこ。
え〜〜と・・・? あ これがいいや。 あの〜〜 すいません? 」
「 はい〜〜 いらっしゃいませ〜〜〜 プレゼントですね? 」
「 へへへ・・・ なんかちょっと照れるな〜〜 でもキレイだよ〜〜 」
白いチューリップの花束を抱え 反対の手には小さな袋を下げ
ジョーはご機嫌ちゃんで 駅に向かった。
「 お客さま〜〜〜 」
タタタタ ・・・ 軽い足音が近づいてきた。
「 お客さあ! あの〜〜〜 お お忘れもの ・・・・! 」
「 ― へ??? 」
自分じゃない、と思っていたジョーの真後ろから 若い女性の声がした。
「 え ぼ ぼくですか ? 」
「 は はい ・・・ ! 」
振り返った彼に 女性はふう〜〜〜・・・と大きく息を吐いた。
「 あ ・・・ あの。 さきほど・・ お買い物の際にお忘れです。 」
これ。 と 彼女はブルーの大判のハンカチを差し出した。
「 ・・・ あ。 ぼくの だ。 わあ ありがとう〜〜 」
「 いいえ ・・・ ああ 間に合ってよかった〜〜 それじゃ 」
彼女はにっこりして 踵を返そうとした。
「 あ! わざわざすいませんでした! 」
「 いえ ・・・ 当店をご利用くださいましてありがとうございました。 」
「 あ は はい あのまた! 行きますから 」
「 お待ちしております。 」
ぺこん、とアタマをさげ、彼女はツイン・テールを揺らせて戻っていった。
「 いっけね〜〜〜 ・・・ あれ? ぼく ハンカチなんか出したっけ?
あの店に ・・・ あんな店員さん、いたっけ?? 気が付かなかったな〜
ま いいや、 これは確かにぼくのだし ・・・
えへ ・・・ なんかちょっと面白い日だったな 奇人倶楽部 か・・・ 」
ジョーは 大満足で岬の家へと帰っていった。
「 わあ〜〜〜 ・・・・ ステキ ・・・! 」
フランソワーズは感歎の声を上げた。
「 え へ・・・ あの〜〜 気に入ってくれた? 」
「 ええ! 最高だわ〜〜 」
「 えへへ・・・ 」
帰宅するなり 玄関でジョーは花束をわたした。
「 お帰りなさい〜〜 え? 」
「 フラン! こ これ!! う 受け取ってください 」
ずむ。 彼は白いチューリップを差し出した。
「 あら もうチューリップの季節なのね〜〜 キレイだわ 」
「 き きみにぴったりだと思って 」
「 ありがとう! でも ・・・? 」
「 あの! チョコの御礼・・・ってか。 あの〜〜う 好きです〜〜
こ これ 受け取ってください! 」
「 まあ ・・・ え? これも? 」
「 う うん ・・・ 」
差し出された小さな袋を フランソワーズはそうっと受け取った。
「 なにかしら・・・ うふふ〜〜 いつまでも玄関にいないで ほら
晩ご飯にしましょ。 あ その前にこれ・・・開けてみていい? 」
「 もっちろんだよ〜〜 」
するり。 白い腕がジョーの腕を取った。
「 ジョー ・・・ ありがと。 すっごくうれしいわ〜〜 」
「 えへ・・・ それはね〜 その中身を見てから言って? 」
クスクスクス ・・・ ふふふ ・・・・ 二人は笑いつつリビングに入った。
ぽう ・・・。 碧がかった輝石は白い肌の上で妖しく輝いた。
「 どう・・? 」
「 すご・・・ きみにぴったり〜〜 」
「 光を当てると ・・・ ほら〜〜 」
フランソワーズが ルームライトの前に立つと ― 小さな蝶がぱあ〜〜っと飛び立つ。
「 う〜〜ん すごい ・・・ これ 魔法かなあ 」
「 うふふ〜〜 石の中にね、細工がしてあって中で屈折するみたいよ?
考えたひと、凄いわ〜〜〜 」
「 魔法って言った方が夢があるよ。 ・・・ あ ひとつお願いがあるんだけど 」
「 まあ なあに。 」
「 ウン ・・・ 写真 撮ってもいい 」
「 え この輝石の ? 」
「 ― き きみの! フランソワーズ。 」
「 うふふ・・・ どうぞ♪ 」
ジョーは ちょっとばかりあぶなっかしい手つきでカノジョの写真を撮り捲った。
「 ねえ そのお店 ・・・ わたしも行ってみたいなあ 」
「 え いいよ、 今度一緒に行こう。 モトマチの外れなんだけど 」
「 きゃ♪ 一緒にモトマチ 歩きましょ♪ 」
「 あ うん ・・・ えへへ ぼくも楽しみだなあ〜〜 」
「 ね? 」
「 うん 」
もう十分あま〜〜〜い雰囲気満載のホワイト・デイ間近の光景だった。
コツコツ コツ・・・? コッ ・・・?
「 え〜〜っと? この道 でいいのよねえ? ・・・
う〜〜ん ・・・ ?? ジョーの地図はどうもイマイチ ねえ・・・? 」
フランソワーズは紙切れをひねくりまわしている。
あんなにワクワクしていたのに ― せっかくのモトマチ・デート はお流れになってしまった。
「 う〜〜〜 なんだって今日に限って〜〜 」
「 仕方無いわよ ・・・ ね お仕事に行って? 」
「 今日はさ、ちゃんと休みますって、前から言ってあったのに ・・・ 」
ジョーのバイト先から < 頼む! ヒトがいないんだ〜 > と 急なヘルプ要請がきたのだ。
「 風邪ひきました って言おうか ・・・ あ! インフルエンザになったて 」
「 ジョー〜〜〜 それはダメよ。 本当に罹って辛い思いをしているひと、たくさん
いるのでしょ? 」
「 ・・・ う〜〜 けどぉ〜〜〜 」
「 ね? また日を変えてゆきましょ? ほら ・・・ 桜が咲いたらまた一緒に 」
「 ・・・う ・・・ ん ・・・ でも 早くあの店に案内したいんだ 」
「 今日はわたし一人で行ってみるわ?
だからお願い、詳しい場所を教えて頂戴。 」
「 ・・・ う ・・・ん 」
ジョーは地図を書くと不承不承 ・・・ 重い足取りでバイトに出かけていった。
― という訳で 早春の日、フランソワーズは一人で港町にやってきたのだ。
少しだけ軽いコートに春色のマフラー、そしてお気に入りの手袋も忘れずに。
「 こっち、かしら・・・・ えっと・・・ ここが靴屋さんがある角 でしょう? 」
店の名を確かめつつ、< 地図 > と比べてみる。
「 う〜ん?? やっぱりスマホで検索して ・・・えっと・・・ 」
ポケットからスマホを取りだし覗きこむのだが ―
「 ?? あらあ?? わたしの探し方が違うのかしら??? 」
何回検索しても 画面の地図にはジョーが書いてくれた路地は存在しないのだ。
「 ふう・・・ この地図を頼りにゆくしかないわねえ こっちかな〜 」
表通りから一本裏に入りさらに細い路を辿ってゆく。
「 え・・っと あ! ここ かしら ・・・ 」
民家と民家の間、ほとんど私道と思われる路地の奥にちら・・・っと看板らしきモノが見えた。
「 え〜〜と 奇人倶楽部 ・・・ そうよね?
ふうん ・・・ あ きっと夕方とかになればイルミネーションが点くのかも ね 」
フランソワーズは ワクワクしつつ細い路地に足を踏み入れた。
カラ 〜〜 ン ・・・ 引き戸を開けると小さな音がした。
「 あ の・・・? 」
彼女もジョーとまったく同じに おずおずとその不思議な空間にむかって声をかけた。
「 あの〜〜 ここ ・・・ 『 きじんくらぶ 』さん ですよね? 」
明るい昼の光の中から入ると 店内はよけいに薄暗くひんやりとさえ感じた。
「 ・・・ あの ・・・? 」
「 おお これは失礼いたしました。 いらっしゃいませ。 」
す ・・・ 足音をほとんどさせずに、スーツ姿の青年が現れた。
「 あ よかった〜〜 あの入ってもいいですか? 」
「 どうぞ どうぞ・・・ おや お客さま。 失礼ですがいま身につけていらっしゃる
チョーカーのトップは 当店のものですね? 」
「 はい。 頂いたのですけど・・・とっても気に入っていますわ。 」
「 お気に召していただき光栄です。 」
青年は優雅に会釈をした。 金色の髪が飴色の電燈の光をうけて鈍くひかる。
端正な顔立ちとともに 立ち居振る舞いも洗練されている。
「 あら … この国の方じゃないのね? 」
「
失礼ですが ・・・ お客様も 」
「 Oui. 」
「 Mademoiselle ・・・ 」
その後はごく自然に母国語での会話となっていった。
「 あら お仕事中におしゃべりしてしまっていいのですか? 」
「 お客さまのおしゃべりのお相手も我々の仕事ですよ?
月が昇るまで でしたらお付き合いいたします。 」
「 まあ 嬉しいわ。 」
「 ・・・ ああ 本当に よくお似合いです 」
「 ぇ これ? 」
「 はい。 当店自慢の品なのですが ・・・ お客さまのためにこの石は
当店でお待ちしていたのですね。 」
「 嬉しい〜〜 あ あの ・・・ 鏡 なんですけど。 」
「 はい? 」
「 あの〜〜 この前この店に来たヒトが ・・・ 」
フランソワーズは ジョーの撮った写真を差し出した。
「 これを鏡に映してください。 」
「 かしこまりました。 ではお預かりいたします。 」
「 お願いします〜〜 」
彼女は 店員氏に写真を渡そうとし ― ほんの微かに二人の指が触れあった。
パチ ・・・!
「 ・・・??? ― ・・・・! 」
「 ・・・ 失礼いたしました。 確かにお預かりいたします。 」
「 よろしく ・・・ 」
フランソワーズは 顔をちょっと強張らせそそくさとその店を後にした。
気のせい よね・・・? ええ そうよ ぜったいに。
彼女は大通りに出てからも 呟き続けた。
あの時 ― 指が降れたその時。
目の前に 一瞬 猛々しい狼を見た のは気のせい、そう気のせいにきまっている。
「 いやねえ〜〜 わたしってば。
そうよ、 想像力過多 っていうのよ!
ね 美味しいパンでも買って帰りましょ? 」
フランソワーズは ことさらヒトが多い方向へと歩いていった。
「 あの女は ― マン … ではない のか?
」
店の暗がりでイケメン店員は じっと手元をみつめている。
そこには 例の小さな鏡がならんでいた。
「 あの女は ・・・ 」
ジョーが撮った写真、フランソワーズの笑顔を映した鏡には 無数のクモの巣が、
細かい亀裂が走っていた。
あのオンナ は だめだ ・・・ !
Last updated : 03,08,2016.
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******** 途中ですが
元ネタにさせて頂きました 『 奇人クラブ 』
是非 ご一読を〜〜 ・・・ こりゃ平93かな?